2008年03月07日

誰かに知られると言うこと − タイの高級ホテル、富裕層を「貧困地域ツアー付きディナー」に招待



恵まれた中に居ると、恵まれない状況が理解出来ない。そんな事もあるだろう。
格差問題は、少なくとも日本よりもひどい。それがタイを含んだ、多くの国での実態だ。

仕事、観光で東南アジアを含めて、あちこちに行く機会があったが、日本は恵まれていると思う。「乞食」と言う言葉の通りの老若男女が街中にいる、記事にもあるようなスラムが存在する、それが世界の当たり前なのかも知れない。

ただ、記事とはズレるが、日本の格差をそこまで拡大させて良いと言わんばかりの国会議員や著述家たち、あるいはワイドショーコメンテータの発言には怒りを感じる。
スラムが生まれたら、それを解消するのは並大抵では無い。そして、そこから更なる治安の悪化が起こる。
日本以外なら、一種、隔離された場所、そう、お台場の「化粧されていない」ようなところに押し込める事も出来るが、今の日本でスラムを隔離しておく場所が無い。つまり、一般市民(中間階層)との共存が必要となってしまう。一般の国よりも治安リスクが高まるのだ。

そこを共有できるなら「格差は生まれて当然だ」と言って構わないかも知れない。但し、スラムの臭い、埃を吸って歩く事を一般の市民に理解させておくべきだろう。
そして、少しでも失敗すれば、そのスラムに暮らさなくては成らないと言う事も。
まるで、対岸の火事のように「格差容認」の話を聞いてはいけない。

富める者が生まれることは、それは素晴らしい事だ。だが、本当に、正当に頑張っている人が、暮らせない、人口の再生産を諦めなければならないなら、スラムの臭気の中で暮らさなければ成らないなら、政治は致命的なエラーを起こした証拠だと思う。
そして、それが「結果として」わかったのでは手遅れだ。
posted by ぼへみあん at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/88547132
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック