2008年04月04日

電話

夜、自宅に帰るとほぼ一緒のタイミングで固定回線が鳴った。案の定と言うか、実家の親父からだった。たいてい、あんまり予想しないタイミングの電話は、良い事が無い。
色んな想像をしながら、親父の言葉を待った。

知り合いのおばさんが無くなった。おばさんと言うよりは、親戚以上の感覚だったりする人だった。ガキの頃、何度、本気で叱られて、どれだけ真剣に誉めてもらったか判らない。
大好きなおばさんだった。本当に小さい頃、その人の家にいた犬が欲しくて欲しくて、連れて帰りたくて泣いてたら、笑って「貰って帰ってくれるんだったら、やるわ」と言われて、、結果、親父が、犬嫌いの親父が反対して、連れて帰れなかったけど、何でも本気な人だった。

子供の頃は、有名な金槌だったおばさんが、いつの間にか水泳のコーチになって、毎年、夏に成ると泊まり込みで教わってたっけ。あれが、俺にとっては最初で最後、まともに他人の飯を食った経験だった。

「あんたは、過保護だから」とか、「もっと強くなれよ」とか、いっつも言われてたっけ。そう言われても、今でも、そう言われても仕方ないくらい、強い人だった。おじさんも強かったけど、おばさんの方がね、強かった。

おじさんが、20年近く前、死んだときだって、にっこり笑ってたっけ。「メンドクサイね」とか言いながら。ホントは、メチャメチャ寂しかったくせに、そういうことが言える人だった。

でも、一回だけ、さびしそうな顔を見たんだよな。水泳を教わるのは、夏休みの一ヶ月。すると、原爆やら終戦やらで戦争関係のTV番組をやってたんだよなぁ。たしか特攻隊のドラマだったかな。そしたら「おばさんのお兄ちゃんもね、戦争にいったんだよ。でもね、帰って来なかったの。死んだんだろうけどさ、判んないんだよ。酷いよね、戦争ってね」と。
いつもなら、すげぇ言葉でも笑って言うのが、なんか、目が笑ってなかった。でも、あれだけだったな。他人がいたら、絶対、困った顔をしなかったもんね。

お疲れさまでした。俺も、なるべく泣きません。おばさん居なくなったのは寂しいけどね。でも、なるべく泣きません。
お疲れさまでした。ご冥福を。おじさんと、また、ビールでも呑んで、すごしてください。

もうすぐ、喜寿だったんですね。 3日、永眠。
posted by ぼへみあん at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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